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2010年1月15日金曜日
パムッカレ
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2010年1月13日水曜日
エペソ
遂にギリシャ人が住んでいた古代都市エペソに着いた。このエペソは紀元前1世紀には250,000人の人口が居てローマの次に大きい都市として栄えていた。昔は街の直ぐ西側に地中海があったのだが、現在は水がだいぶ引いて街から7キロも離れているのだから、驚きである。現在は観光地として使用されているだけで、誰も住んでいない。周りも山に囲まれているので、このエペソを訪れるには3キロ離れたセルチュクという街に滞在する必要がある。
(補修されながらも綺麗に残っているアーチ)
さすがの観光地と言うだけあって、オフシーズンなのに日本人観光客一行を2〜3組見たのもビックリだったね。(韓国人&中国人一行も負けずにいたよ!)確かにこの場所はクリスチャンじゃなくても、考古学が好きでなくても、一度は来る価値十分あるね。それぐらい2000年前このエペソがどれだけ発展していたかがここで分かるよ。まず、驚いたのがこのエペソには通りの地下に下水が流れていたり、高級住宅地と呼ばれていた場所には暖房システムまであったんだから信じられないね〜!他にも、街のあちらこちらにプールがあって水浴びや図書館があったんだから耳を疑います。(下手しなくても、インドや東南アジアの田舎より近代化だったんだね!!)他にもこの都市では奴隷売買が行われたり、シアターでは劇の演出ではなく、猛獣や人間通しの殺し合いなどが行われいたそう。
(24,000人収容できるシアター。舞台に居る人たちの話し声が本当に聞こえる!!ここでパウロも演説をしたそうです。)
聖書や歴史的事実としてエペソには比較的早くキリスト教の信仰が広められ、街のあちらこちらに偉人としてキリストの弟子の銅像などが見られたようだが、現在ではほとんどの銅像は姿を消している。(いくつかはセルチュクのエペソ博物館に展示されている。)キリスト教がエペソの街で素直に受け入れられた訳では勿論ない。エペソでは多くのカルトが造られては消えていき、その中でも、アルテミス(=ギリシャ神話ダイアナ)の神殿が建てられたりしていた時期もあった。(世界七不思議の一つ)
(ギリシャ神話のダイアナ像)
他にもセルチュクの街には破壊された使徒ヨハネの教会がある。そして、ここに来て始めてしったけど、その教会にヨハネの墓地があると言われている。また、クリスチャントーク(歴史的トーク)になるけど、イエス・キリストが十字架に架かった後、12弟子の一人ヨハネがイエスの母マリアを連れてエペソに行ったと言われている。その為、エペソにはマリアの家がある。(勿論ほとんど破壊されている。)一方、使徒ヨハネはパトモス(現在のギリシャ)で黙示録を書き、その後、エペソ(Ayasuluk Hill)でヨハネの手紙を書いて、この地で亡くなったと言われている。
(使徒ヨハネの墓と言われている。この場所が発見されて中を開けた時にはホコリしか残ってなかったそうです。因に医者であったルカのお墓もエペソになったけど、余りにも荒れていたので、ガッカリ。。。)
個人的にこの場所はかなりテンションが上がる!他にこれから訪れるアンティオック、エルサレム、さらにはローマやギリシャ待ちきれない。ウズウズ。。。
"In Him you also trusted, after you heard the word of truth, the gospel of your salvation; in whom also having believed, you were sealed with the Holy Spirit of promise." Eph 1:13
セルチュク宿情報:no pic
【Vardar Family Pension】
Address: Ataturk Mah, Sahabettin Dede Cad 7
Equipment: Hot shower, Free Wifi, Free breakfast
Price: ドミ15リラ = 930円
Comment: at homeなペンション。ロケーションも良い
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イースタンブール part2
イースタンブールのブルーモスクの前に建っているアヤ・ソフィアと言われる博物館=(モスク)を知っているだろうか?この建物はローマが以前この地を納めていた際に、権力の偉大さを象徴する為に537年に教会として建設された。完成当時その素晴らしさからソロモンの宮殿をも勝ったとか。。。その後、地震などで一部補修が入ったが、1453年にオスマン帝国によって占領されてしまった。このオスマン帝国こそが現在のトルコ人というわけである。そして、その時から、このソフィアは教会からイスラム教のモスクとして換えられてしまったのである。建物の中から教会の象徴であった十字架は取り外され、多少内装工事が行われたようだが、大規模な破損が無かった為、現在も建物の中ではイエス・キリストやマリアなどのモザイク壁画が多少の破損があるが見ることができる。
(モスクの正面天井には未だにマリアと聖キリストが!)
(ちょっと分かりづらいけど、モスク内の全体一部)
僕も知らなかったけど、世界3大料理の一つがトルコ料理の様です、他はフレンチと中華。日本食は残念ながら中華に負けています。。。とりあえず、まだ余り注文できてないけど。と言うよりも、インドから来たせいか(ドバイは例外として)食事に金がかかる!!トルコ料理はとっても美味しいし、結構バラエティーがあって楽しい。そして、トルコ人もインド人に負けないほど、チャイ(ティー)を飲む。インドではミルクとたくさんの砂糖が入っていたけど、ここのチャイは大体少しの砂糖で飲むのが基本(?)とっても風味があって美味しい。
(トルコの一般料理ケバブ)
(トルコのピザ絶品!)
意外にトルコの人はタバコを吸う。これ又意外に男性に劣らないくらい女性の喫煙者が多い!ドミで一緒になったイタリア人が言ってたけど、「イタリアの女性がタバコを吸いすぎると、トルコ人のようにタバコを吸うな!」って言うみたい。。。
(イースタンブールのクルーズは良いよ〜!)
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2010年1月11日月曜日
イースタンブール
インドを出てドバイ、トルコに来たら一気にヒンドゥー教からイスラム教文化に変化した。UAEは勿論のこと、ここトルコも人口の99%がイスラム教といわれ、街のあちらこちらにモスクがあり、時間によってモスクのスピーカーからコーランが流れる仕組みになっている。街では多くの女性がオヤと言われるガーゼの様なスカーフで紙を覆っている姿が見られる。が、聞くところだと、他のイスラム国と比べてまだトルコは大人しい方だとか。。。
(モスクの中にはイスラム教徒と出ないと入れないところが多いけど、ここブルーモスクは入場無料で見学ができます。室内は外観以上に美しい造り)
トルコの町並みはほぼヨーロッパ風に造られていて、街の道路や広場は毎日清掃整備が行われているので、とっても清潔で雰囲気がいい。その他に、イースタンブールは猫の街か?て思うほど、猫が多い。しかも、野良猫なのか飼われているのか良くわからない。何故なら、この猫たちはみんな結構太っていて、人慣れしているので、見ず知らずの観光客が触れても逃げる気配も一切なし!他にオフシーズンでも、日本人や韓国人の団体観光客が多い!ミュージアムなんかに行くと「はい!次行きますよ〜」なんて声が聞こえてくる。どうも、トルコは東アジア人に人気スポット!?
(突如歩道に建っている猫んち。さて何匹かぞくかな!?)
中東ではイランのペルシャ絨毯(じゅうたん)が有名だが、ここトルコもかなり絨毯に力を入れている。その為、街やマーケットではいくつも絨毯のお店があって、ほとんどのお店ではチャイ(トルコティー)を飲みながら好みの絨毯を探すのだが、何と行っても絨毯の金額が高い。。。勿論ピンキリではあるけど、高額のシルク絨毯は色、手触り、高級感全てが素晴らしい!!このお店では店員の彼が数十分トルコ絨毯の多くが手作りで、シルク絨毯は何年もかけて造ることや、絨毯の質の違いなどを説明してもらったよ。以前から、シルク絨毯には興味があったけど、実際に説明を受けてじっくり見ると欲しくなる〜!で、金額の方はこれで50万です。
(日本にも絨毯を輸出しているようで、トルコで絨毯屋は結構金になるよう)
イースタンブール宿情報:
【Sultan Hostel】
Address: Akbiyik Cad No 21
Equipment: Hot shower, Free Wifi, Including breakfast
Price: ドミ18リラ = 1120円(YH会員割引あり)
Comment: 清潔&居心地良い。おすすめ
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2010年1月10日日曜日
ドバイ day2
ドバイへ向かった一番の理由は2010年1月4日にオープンになったブルジョ・ドバイに行くためだった。ブルジョ・ドバイとは高さ828メートル、168階建の建物で、この度世界一高い建造物として登録された。また、オープンを機に名所が「ブルジョ・ドバイ」から「ブルジョ・ハリファ」と変わった。このブルジョ・ハリファは124階に世界で最も高い展望台があり、154階に最も高いモスクがあり、76階にこれまた世界で最も高いスイミングプールがあるそうです。ドバイの街でこの高さはずば抜けていて、他の建物の2倍近くあるように見える。
(目の前に人工池?=噴水があるんだけど、夜その噴水のshowは鳥肌もの!)
ドバイの宿泊料が思った以上に高かったので、せっかく来たけどドバイでは3泊(実際には48時間ぐらいしか居なかったけど)でトルコに行くことに決めた。当初の予定ではサウジ・アラビアに行こうと思ったけど、大使館にビザをもらったりとで、いろいろ時間が掛かるので止め、次はエジプトの予定だったけどその後、イスラエルに入国すると、レバノンやシリアに入国ができなくなるのでエジプトも却下。(注意:パスポートにイスラエルのスタンプがあるとほとんどのアラビア諸国の入国ができなります。)その為、トルコからエジプトを目指して今後は移動しま〜す!
(これぞコバルトブルーの海、アラビア海!)
ドバイ2日目に「ブルジョ・ハリファ」に5時頃行って街の様子、夕日、夜の夜景を同時に楽しもうと朝からワクワクしていた。チケット売場には長蛇の列に並び少し待っていると、何とこの列は明日のチケットを購入する為のものだった...!?「え?は?何?明日?今日のチケットはもう売ってないの?」「あまりの人が一斉に来たので人数制限をしたんだよ。もし、今日どうしても上がりたかったら400ディルハム払ったらチケットが買えるよ。」そりゃーないでしょ〜。あれだけワクワクしてたのに。。。通常100ディルハムなのに400なんて、酷い!でも、この為にドバイに来たのだから、ここは400を払って上がるしかない!でも、400ディルハムもここで使ったら今後に度の痛手になる。。。なんて考えていると既に数名その400ディルハムのチケットを買っている人が!
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ドバイ
違う惑星にでも着いたのかと思ったほど、ここドバイでは驚きと興奮が多かった。まず物価が高い!特にインドから来たので、半端じゃなく全てが高く感じた。特に宿は言葉通りインドより一桁違う。最初ドバイの空港に着いたのが夜遅く、バスもなかったのでタクシーに乗って10ドルぐらいで宿はある?って聞いたら、普通に笑われ...「ここドバイじゃそんな宿ないよ!」なんて、言われた!(因にその運転手は親切なインド人)結局彼のお勧めで一泊150ディルハム(約3800円)もする部屋に止まることになった。(これでも、交渉の結果での金額) 次の日、せめてもう少し安い部屋に移ろうと数件宿を回ったけど、ほとんどが200ディルハムぐらいするので諦めた...
(眠らないドバイの空港。この写真は3:00A.M.)
ドバイの経済が急激に落ちているとニュースで言われている中、現地では想像以上に高層ビルの施工が何十棟を同時に行われている。しかも、それらのビルのほとんどがデザインチックでとっても興味深い。実際に工事にあたっている人たちのほとんどが、インドやパキスタンなどからの出稼ぎ。他にもドバイでは中国、マレーシア、イラン、ヨーロッパなど他国から集まって来た人々が多く、人工の4分の3は外国籍の人だとか!?しかも、毎日ドバイでは2000人の観光客がやってくるとか!?(因にドバイの空港は24時間飛行機が飛んでます。)
(世界で最初の7つ星ホテル「バージュ・アル・アラブ」)
(5つ星ホテル「アトランティス」)
ドバイの街が栄え始めたのは約100年前で、昔は小さい漁業の村があっただけだったそうです。それから、真珠が見つかり、金が掘られ、オイルが発見され、あれやこれやで。たった50年ぐらいで人が集まり、ビルが建ち、一瞬にして世界をリードする街の一つになっている感じがする。僕が思うに東京や上海が毎年変化していると言うなら、ここドバイは毎月変化がおきていると言っても良いぐらい、エキサイティングな街だと思う。街にあるホテルやショッピング・モールの数は半端じゃないし、5つ星のホテルも多く、ドバイには世界で唯一の7つ星ホテルもあるのだから驚き!(因に1泊安くても20万ぐらいします。)3年ぐらい前に東京の新丸ビル、六本木のミッドタウン、六本木ヒルズなどにかなり驚いていたけど、ドバイのモールはそれ以上って感じがする。モールでは一つ一つに個性があって、まるでテーマがあるようです。
(こんなのがモールの一部ですよ!)
砂漠の地と言うこともあり食料品(野菜、果物、肉)はほとんど輸入品しかも様々の国の食材がそろっているので驚き!
ドバイには海、砂漠、屋内スケートリンク、屋内スキー場があるので、午前中に海で泳いで、午後スケートに行って、夕方砂漠でラクダに乗ってアラビアの夕日を見ることなんてこともできるんだよ!とりあえず、ドバイは僕の中で今一番ホットな場所=もう一度訪れたい場所となった。2010年1月8日金曜日
カラングート・ビーチ
まあ、一言でインドのビーチの凄さを表すなら、「人の多さが半端じゃない。」しかも、噂では聞いていたけど、インド人の女性はサリーのまま海に入っている人もいる!!!サリーのミステリーには底がない。他に驚いたことは海で泳いでいる人たちの直ぐ近くで、危険なマリーンスポーツなどやっていて危ないったらありゃしない。そんな光景をちょっと離れた浜辺のベンチベッド(?)で昼間からビールを飲んである欧米人。比較的年齢層が高い人々が多く、仕事をリタイヤしてインドのビーチで一日中日にあたり、美味しいシーフードを食べてます!って感じ。
(インドのビーチでは牛たちものんびりリラックス!?)
残念なことに思っていたよりアラビア海の水は汚く、泳ぐ気にはなれなかった。でも、海の幸が反対にとっても美味しく。多分初めてサメを主食した。(日本でサメって食べるっけ?)なかなか、脂がのって美味しかったよ。これで、約400円っていうところがまた格安でいいね!
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ゴア
ゴアの街は1510年よりポルトガルの植民地になっているため、街の雰囲気が他のインドの街とは違って見える。で、良く街の建物などを見ているとなんとな〜く以前訪れたマカオ(旧ポルトガル植民地)に似ている。今はシーズン真っただ中と言うこともあり、欧米人の観光客に負けず、インド人の観光客がかなり多い!ビックリするほど多い!!時間があれば1ヶ月くらい居てもいいかな〜と思っていたけど、まずは5日までに(ムンバイ)戻れる何だかのチケットを最初にゲットしようとターミナルに行ったのだが、列車のチケットは2日前に既に売れきれ...でまた何社かバス会社を回ってちょっと高めのバスチケットをゲット。
(歴史あるカトリックの教会です。)
ここゴアの街は世界的ビーチリゾートとしても有名だけど、歴史あるポルトガル教会があることでも知られている。特にここオールドゴアのボム・ジェズ教会には日本人なら誰でも知っているフランシスコ・ザビエルのミイラがあるんですよ!!!!でも、噂か真実か分からないけど、その昔、熱狂的な信者がミイラ化したザビエル氏の足指を噛み切って持ち去ったから...ミイラの公開は10年に一度だけになったのだとか。次の機会は2014年だとか。
(写真の真ん中あたりにある棺の中にあのザビエル氏のミイラが!!)
他にも教会の一部を考古学博物館に使用している場所もあるんだけど、ちょっと納得がいかないのが、この博物館(教会)の中にヒンドゥー教の石像などの歴史書物が一緒になっているのには疑問に思う。まあ、その他にはバスコ・ダ・ガマの肖像絵など結構興味深い美術展があった。やっぱあの時代に十分な食料や治療や薬が無い中5〜6ヶ月も船で旅をすることは大変だったろうな〜?僕だったら初日で船酔いして、海に落とされていたかも。な〜んってこと考えながら、ザビエルの勇敢な信仰を噛み締めていた。
ゴア宿情報:
【リパブリカ】
Address: n/a
Eqiupment: nothing
Price: 250ルピー = 500円(シーズン中の為)
Comment: ビーチ目的なら絶対アラングートビーチ近くに宿を取るべし!(ドミあったよ)
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2010年1月1日金曜日
ムンバイ
ムンバイは今まで僕が訪れたインドの街とは雰囲気が違う。違いすぎる!まず、街で野放しの牛やリキシャがいない!街ではスーツを着たビジネスマンの姿が多く、年末年始も働いている。また、サリーを身につけていない女性が多い(特に若い女性はほとんど洋服)。生活のリズムも早く、街の外観も植民地時代のヨーロッパ調の建物が多く、ビジネス街には高層ビルが結構建ってたり、高級マンションがあったり、ここムンバイこそがインドの経済を支えているのだろう。そして、驚くことに街を歩いていても全然声をかけてこない。どういう意味かというと、今までのインドの旅では、街をただ歩いているだけで、こんな風になる;
(1903年に完成したインド最大の富豪と言われているタージ・マハルホテル。)
インド人:”Which country?” (おそらく、Where you from?と言いたいのだと思う。)
自分:”Japan.”
インド人: “What’s you name?”
自分: “Yoshi”
インド人:”How long in India?” (どれくらいインドにいるの?)
自分:”One month.”(1ヶ月)
インド人: “What’s your job?”(何の仕事してるの?)
自分: “I used to work as real estate?”(不動産をしてたの)
インド人: “………”(余り良く分かってないよう...)
インド人: “I have many friends in Japan.”
(僕は日本にたくさん友達がいるんだ。なんて言って時々日本人の名前を言ってくる)
自分: “………”
インド人: “What’s your mother’s name?”最終的に相手も何を聞いていいのかわからず(母親の名前は?)なんてことにも
(1887年に10年かけて完成した旧ヴィクトリア・ターミナル。実は今でも使われている駅です。)
って感じに、時には永遠にまとまりのない、一方的な会話(?)は終わらない。最初は興味本意で、相手をしてたけど、こんなことが1日何度もあるとイライラしてくる。道で声をかけられ、恐らく悪気はなさそうだけど、会話(質問)をすることを楽しむインド人が多かった。。。が、ここムンバイではこんなことが一度もない!?でも、僕が感じたインド人の印象は結構親切(イライラすることもあるけど)。例えば、ガイドブックをもって困っていると、「どうしたんだ」なんて声をかけて意外に親切に教えてくれたりする。(でも、何故かそんなことで、数人集まって来て、何人かが意見を言い合ったり。。。)
(ムンバイの道の様子。ヨーロッパ調の建物がずらり。勿論未だに使われていて、大手銀行が多い。)
結局ムンバイで年を明けた。ムンバイみたいな街だから、少しは派手な年明けになるのかな〜?と思っていた。確かに時間が経つにつれ、街にはどんどん人が集まって来て、警察官が交通整備をしたり、歩道を歩くのも大変になったりしたのだが、実際年明けの瞬間はカウントダウンもなく、何となく集まって来た人たちが、おおよその時間で“A happy new year!”と言う声がして、数発小さい花火が上がって終わってしまった。。。呆気無い!そんな感じで、どんな感じだか分からないけど。。。「今年も宜しくお願い致します。」
実はこれから2〜3日インドのリゾーチ地ゴアに行くことにしました!また、ビーチでブログをアップできるようにしま〜す。にほんブログ村