カイロに初めて来たんだけど。。。何だか妙な感じ、ちょっと懐かしい様な。。。?また来ちゃった的な雰囲気。。。?これは、まさに、あれですよ。あれ。インドとテーストが似てる!!っと思っているのは僕だけでしょうか?まあ、インドほど汚くはないけど、街の感じがちょっと。
にほんブログ村
エジプトのダハブはダイビングが有名。多くの観光客はここでダイビングのライセンスを取ったら楽しむが、僕は耳抜きが出来ないので。。。耳抜きができないと、海水2メートルぐらい潜ると直ぐに頭が痛くなるんですよ!もう大変。
(余りの寒さに震えながら撮りました。)
なので、ダハブに着いたその日の夜にシナイ山トレッキングツアーに参加。このシナイ山はモーセが神から十戒を授かっただろうと言われている山で、現在でも多くのキリスト教の人々が巡礼に来ている。ペトラからの移動の疲れもあったけど、2000m級の山なら問題ないと判断して、夜22時ミニバスを2〜3時間かけて到着。まずビックリしたのは、かなりの観光客と満天の星。まるで黒いキャンパスに万遍のダイヤモンドを散らしたよう。(日本式に言ったら、黒い海苔の上に塩を振ったよう。。。?)
(口をクチャクチャさせながら、「何撮ってんだよ!」)
(シナイ山頂上からの眺め)
まあ、とにかく真っ暗な中ツアーが始まった。ツアーと言っても最初にガイドが自己紹介して勝手に自分たちで上がって行くだけ。まあ、ツアーじゃないな。とにかく、ライトを持った人に交じって登って行くこと2時間、途中でほとんどの人たちを追い抜いたようで、一番最初に頂上に着いていた。頂上では風が強く寒さに凍えそうなので、毛布をレンタルしているエジプト人が数人。。。朝日が登るまで2時間あったので、途中の山小屋みたいな所で、コーヒーを飲みながら待つことにした。
(朝日が昇った瞬間拍手と歓声が!?)
この場所でモーセは40日間さまよった中、神から十戒を授かったのか。。。?と感じていたけど、余りの観光客の多さにほとんど感動もなく、朝日が昇り始めた。
シナイ山のトレッキングは予想以上に歯ごたえが無かったけど、睡眠不足で余りにも疲れが溜まったようで、宿に帰ってから24時間以上眠っていたようで、今もまだ眠いですzzz
ダハブ宿情報:
【Seven Heaven】
Address: www.7heavenhotel.com
Equipment: Hot shower, wifi (15£), tour, diving
Price: 20£ = 327円
Comment: ドミは汚いけどかなりの安さ。シングルやダブルもあるので、お金に余裕があったらそちらの方がお進め。
人生初1日で3カ国を体験した。朝ヨルダンはペトラを発って、イスラエルを通って、エジプトはダハブに着いた。何と言っても今回大変だったのは、イスラエルへの入国。まず、シリアでの入国スタンプと、2日前にイスラエル出国スタンプがあるが故に、今回のイスラエル入国はこれまでに体験したことが無い程、苦戦した。
(最近の景色はズーットこんな感じ)
まずは、全身ボディーチェック!ポケットのもの全てを出して、体のすみまで触られた後、荷物チェック!しかも、バックの中を手探りに全て触れて、服まで全て出されて、別のカゴに入れられ、X線の様なベルトコンベアーにてチェック。しかも、それを2度繰り返して最後に返ってきた言葉が”Sorry and thank you for your cooperation.”(済みません。協力して頂き有り難う御座います。)だって。いくら何でもそこまでチャックする必要あるの?って感じがする。結局1時間近くこの作業に時間はかかるし、一緒にヨルダンから来た人たちを待たせることになったし。。。
しかも、1〜2時間しか滞在してないのに確り出国税98シケル(=2348円)取られてるし、もう踏んだり蹴ったりだよ。。。
ホロコーストについて初めて知ったのは恐らく学生の時に「シンドラーのリスト」を見たときだと思う。まあ、その時に初めてユダヤ人の存在をも知ったと思う。そもそも、ホロコーストとはギリシャ語で「全部焼く」という意味で、ナチス政権のホロコーストによって殺害されたユダヤ人人数は一般的に600万人と言われている。ナチス党は最終的にユダヤ人絶滅を計画していたそうです。そもそも、ナチスがユダヤ人を殺害し始めた理由の一つに多くのユダヤ人がドイツ(ヨーロッパ)でビジネスに成功して多くのお金を儲けていたことから、ヒットラー自身”Jews take all the gold and silver, and they leave us all the trash.”(ユダヤ人は金銀をとっても、私たちに何も残さない。)ようなことを言っていたそうです。(正確に学んだ訳ではないので詳しいことは調べて下さい。)博物館には細かい資料や実際の生き残りの人々の映像インタヴューなどあって、4時間くらい色々読んでいたけど、途中で余りの酷さに心が痛くなって最後の最後まではいられなかったけど。。。イスラエルに行く人は、ここに行かなければ行けないところだと思う。(カメラ持ち込み禁止だったので、ホロコースト博物館の写真はありません。)
(余り良い写真じゃないけど、エルサレムで一番好きな場所。オリーブ山からだと旧市街が一望できる。)
エルサレムを遂に離れることを決断した。それにあたって、もう一度旧市街をゆっくり歩いてみた。そして、再びイエスが十字架に掛けられ、一度葬られた墓(現教会)に行ってみた。ボーっと座っていたら、ユダヤ人のお爺さんに声をかけられた。良い機会だと思って、疑問に思っていたことを聞いて見ようと思ったけど、その疑問に思ったことが全て政治と宗教にかかわることだったので、ちょっとためらった。何故なら、ここイスラエル(特にエルサレム)では、多くの人が強い信仰をもっているので、やたらに変なことを聞けない。特にこのユダヤ人のお爺さんは生まれも、育ちもエルサレムと言うのだから、かなり色な変化をここで見てきたのだろうな。。。まあ、まずは嘆きの壁で祈っている政党派のユダヤ人はやっぱり神殿の再建と救い主が来ることを祈っているのですか?と聞いたら、「そういう祈りをしている人もいるけど、多くは国の平和と生活の為だよ。」え!?そうなんですか??(まあ、一人のユダヤ人に聞いただけだから、全てがそうとは限らないけど、この回答には少しビックリ!)続いて、長い間エルサレムに住んでいて、1948年のイスラエル建国を体験してるんだから、それなりに街も変化してきてるんですか?と聞いたら、「城壁もそのままだし。。。」え?そうなの?「現在の城壁は約500年前から変わってないよ。」し、知らなかった。。。もっと多くのことを聞きたかったけど、お爺さんは寒くなったので帰ってしまった。。。
(イエスが一度葬られた墓はいつの時代も多くの観光客+巡礼者+祭司で大混雑)
その後、もう一度嘆きの壁に行ってみたら、こんな看板を発見!英語だけど、是非読んでみて下さい。やっぱり神殿再建の為に祈ってんじゃないの?そして、城壁の周りをもう一度回って。調べたところ、やはりこの壁は1538年に建造されて、長さ4.5km、高さ5〜15m、厚さ3m。改めて凄さを実感した。しかも、驚くことにまだエルサレムに神殿が存在した時代(66AD)は現在の城壁の倍の445エーカー(1エーカー=約1224坪)大きさがあったそうです。と言うと東京ドームの何倍でしょうか??(誰か計算して教えて下さい?)とりあえず、とても広いです!
(イスラエル博物館にある当時の神殿の様子。ミニチュアなのに巨大。素材も当時のものを使用)
(下の方に再建の為にユダヤ人は祈っているとはっきり書いてあるし!)
(城壁の一部)
他にも知りたいこと、聞きたいこと、行きたい所もあるけど、明日エルサレムを離れることにしました。でも、後数日イスラレルを満喫してまたヨルダンに戻ります。ホント早く南米に飛ばないと時期が過ぎてしまう〜でも、中東があまりにも面白いので離れられないよ〜〜(食事はあまり美味しくないけど)。
↓ここにクリックをお願い致します。